踊る埴輪のうた「はにわとおどろう!」 2026年03月31日 江南文化財センター展示室に、「踊る埴輪」のうた「おどるはにわとおどろう!」を聞くことができるCDプレーヤーを設置しました。 また、円筒埴輪のパズルや古墳の模型に埴輪を並べたり、「踊る埴輪」のぬり絵コーナもあります。 ぜひ、ご利用ください。 続きを読む
03 東別府祭ばやし保存会【第18回地域伝統芸能今昔物語 熊谷市立江南総合文化会館ピピア ホール 2025.11.23撮影】 2026年03月30日 令和7年11月23日(日・祝)に、熊谷市立江南総合文化会館ピピア ホールで行われた、第18回地域伝統芸能今昔物語で披露された、東別府祭ばやし保存会 による市指定無形民俗文化財 「東別府祭ばやし」を紹介します。 東別府祭囃子は、江戸時代中期の1700年代から東別府神社の祭礼で奉納されるお囃子で、毎年7月下旬の夏祭りに、神輿が各地区を巡行するのに合せて囃子連が同行し、祭りを盛り上げます。 囃…続きを読む
餘計堀改修工事記念碑 2026年03月27日 市内久保島地内の排水路脇に建てられている安山岩(根府川石)製の餘計堀改修工事記念碑を紹介します。 本碑は、昭和25年3月に、餘計堀の改修工事の竣工を記念して建てられたものです。 餘計堀は、窪地となっている三ヶ尻ー上奈良間の農地の排水路で、そのうちの三ヶ尻ー久保島間の排水路1,496mを、県の補助を受けて改修したものです。昭和27年には、さらに下流の高崎線から上奈良に至る2,500mが改修され…続きを読む
02 妻沼幼稚園【第18回地域伝統芸能今昔物語 熊谷市立江南総合文化会館ピピア ホール 2025.11.23撮影】 2026年03月26日 令和7年11月23日(日・祝)に、熊谷市立江南総合文化会館ピピア ホールで行われた、第18回地域伝統芸能今昔物語で披露された、妻沼幼稚園の園児による「実盛慕情」を紹介します。 妻沼幼稚園は、1951年、妻沼聖天山歓喜院の境内に開園された幼稚園で、個性に輝き、元気で明るくおおらかで、協調性と忍耐力のある賢い子どもの育成を目指しています。 演目となる「実盛慕情」は、斎藤別当実盛公敬仰会が石川…続きを読む
星溪園積翠閣 2026年03月24日 昭和50年代に撮影したと思われる星溪園積翠閣の建物を紹介します。 積翠閣は、昭和5年に竹井湛如の長男耕一郎により建てられた、木造瓦葺入母屋造の建物です。床面積57.34㎡の高床式の建物で、庭園の眺望が良い建物です。 以前紹介した積翠閣は、白黒写真でしたが、今回紹介する写真はカラー写真で、やや南東方向から撮影されています。 高床式建物東面の出窓に付けられた丸窓が特徴的です。 平成2年から4…続きを読む
BUNKAZAI情報第39号発行 2026年03月23日 江南文化財センターの情報誌「BUNKAZAI情報」第39号を発行しましたので、お知らせします。 本年度後半の、本市の文化財保護事業について、トピックスとして「星溪園を活用した社会実験」「踊る埴輪知名度アップ事業」、市内遺跡発掘情報として「上之土地区画整理地内遺跡発掘調査(速報)」「上之土地区画整理地内遺跡整理調査について」、文化財センター通信として「熊谷市誕生20周年記念事業 第18回地域伝統…続きを読む
星溪園此君亭平面図 2026年03月16日 市内鎌倉町に所在する星溪園の此君亭の平面図が竹井家に残されていました。 此君亭は、昭和20年8月の熊谷空襲で焼失し、現存していません。 聞き取り調査記録によると、この此君亭は、造瓦葺平屋高床式の建物で、当初東側の6帖のみの建物で、ここに明治17年昭憲皇太后が立ち寄り休憩しました。その後、西側に8畳の和室2室を増築し、大正10年に、秩父宮が宿泊しています。 昭和10年11月の記載のある平面図…続きを読む
01 上新田屋台囃子保存会【第18回地域伝統芸能今昔物語 熊谷市立江南総合文化会館ピピア ホール 2025.11.23撮影】 2026年03月13日 令和7年11月23日(日・祝)に、熊谷市立江南総合文化会館ピピア ホールで行われた、第18回地域伝統芸能今昔物語で披露された、上新田屋台囃子保存会 による市指定無形民俗文化財 「上新田祭囃子」を紹介します。 上新田屋台囃子は、江南地域の上新田地区にある諏訪神社の大祭で演奏される囃子で、江戸中期に原点があり、明治時代以降民俗芸能として本格的に継承されてきました。その諏訪神社の本殿は、江戸時代…続きを読む
新井松雲の彫刻2 2026年03月12日 市内筑波町に住した彫師新井松雲の彫刻紹介2回目。今回は市内新堀新田の八幡神社拝殿です。 本殿・拝殿は、昭和34(1959)年の伊勢湾台風で被害を受け、翌年に再建されたものです。 拝殿向拝頭貫上に龍の彫刻が施されています。裏面には「彫工九代 熊谷原太郎孫 新井松雲作 熊谷住人」と刻まれています。 この龍は、先に紹介した三ヶ尻の田中神社の龍とまったく同一の構図となっています。時期的にも近い時期…続きを読む