元境内遺跡2

市内野原地内元境内遺跡の出土遺物紹介2回目。今回は提砥(さげと)です。 提砥とは、紐を通して腰に下げて携帯する、小形の砥石です。 古墳時代後期の第4号住居跡から出土したもので、粘板岩製、長3㎝、幅2.5㎝、厚2㎝で、直径0.5㎝程の孔が穿たれています。 腰に下げて持ち歩き、刀子や鉄鏃などの小形鉄製品を研いだものと推測されます。 ちなみに、群馬県金井東裏遺跡で発見された「甲を着た古墳人」は…

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寺内廃寺の遺物整理から―9 「帳(とばり)の金具」

 寺内廃寺の金堂跡から発見された銅製金具には、留め釘が残り一端を輪状に加工した遺物があります。この金具は布や板などを押さえるためや、幕や帳を吊るすために使用されたと思われます。同様の金具は、奈良県薬師寺、堺市百済廃寺、大阪府鳥坂寺跡からも見つかっており、堂内を荘厳するために作られた錦織や刺繍、仏画などを飾る際に使われたものと考えられます。寺内廃寺の金堂にも錦織の飾り布や仏画の刺繍された帳などが壁…

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寺内廃寺の遺物整理から―8 「千年の和釘-5」

寺内廃寺出土壺金 薬師寺出土壺金  金堂跡からは特別の金具も見つかっています。四角い窓が開けられた「壺金」と呼ばれる釘の一種とする金具で、仏像を納めた厨子や文庫箱・経箱などの扉の左右に付けられ、四角い孔には鍵を通して使用しました。 …

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寺内廃寺の遺物整理から―7 「千年の和釘―4」

 金堂から出土した釘で変わった釘には、両側に釘先を持つ両頭の釘、「会釘(あいくぎ)」があります。両頭という点で鎹(かすがい)に似ていますが、平板を繋ぎ合わせるときに使うなど「隠し釘」に使用されるようです。平板を繋ぎ合わせる隠し釘の使用方法はどのようなものなのでしょうか。大きいものでは板壁を留めるためのもの、小規模では箱や厨子などの平面部での使用でしょうか。  寺内廃寺からの出土品はほぼ中央で直…

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寺内廃寺の遺物整理から―6 「千年の和釘―3」

 寺内廃寺から出土した鉄釘は、発掘時点で約600点、総重量35kgありました。復元薬師寺回廊では30tの釘が使われたとされ、寺院建築に多量の釘が使われたことが想像されます。釘の使用にあたっては釘と当たる木材の部分から不朽が始まるので、多湿な日本では鉄地に漆を塗るなどの防腐処置をしています。それでも使用数は少なめにしたほうが建物にとっては良い状態が保たれたと思います。  寺内廃寺で出土し…

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寺内廃寺の遺物整理から―5 「千年の和釘―2」

 八寸釘と思われる24㎝大の大型釘には、以下の三種の形態が確認されています。 ①は飛鳥型―頭部が四角錐形をした、がっちりとした造りで銹の浸潤が少ない。②は白鳳・天平型―ほぼ四角形の鋲頭を造り出す。 ③平安型―やや細めで折り返した鋲頭を造りだす。  他の中小型の釘は③平安型が主体であることから、釘の様相や瓦様式の年代ともほぼ同時期と考えられ、寺内廃寺の建築物の完成は九世紀前半代として矛盾はな…

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寺内廃寺の遺物整理から―4 「千年の和釘-1」

 寺内廃寺からは大量の釘が出土しているので、その概要をご紹介します。  「乳金物」は釘頭部の直径が6㎝程もある釘で、平鋲頭または笠状頭とも呼べる大型の釘(下図)です。この釘は3点あり、講堂跡背面中央付近から近接して発見されました。形状や出土状況から扉の飾釘と推定され、現在の寺院門扉にみる乳金物(写真)と同様の品と思われます。写真は肥塚成就院の門扉の例です。 …

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