きかは便郵128

昔の熊谷地域の絵葉書紹介128回目。今回は「熊谷寺」です。 駅弁掛紙で紹介した熊谷寺の写真と同じ構図のもので、大正4年(1915)に再建されて間もない熊谷寺本堂を、中村写真館が撮影したものです。 熊谷寺は、建久4年(1193)頃に、熊谷次郎直実(1141-1207)が出家して、館の一郭に庵を結んで僧俗に開放して教えを説いたことに始まり、その後、天正19年(1591)にその庵の跡に、幡随意…

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きかは便郵127

昔の熊谷地域の絵葉書紹介127回目。今回は「日露戦争凱旋門」です。 この写真は、明治38年(1905)の日露戦争勝利を記念して、従軍した人たちを迎えるために熊谷停車場前に建てられた凱旋門です。 この凱旋門は、8本の柱で建てられる3つの門を有する構造で、一見石造ですが、恐らく木造で漆喰塗りで仕上げたものと思われます。 中央の門に「祝凱旋」「國威宣揚」と書かれた看板が、左側の門には錨の…

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きかは便郵126

昔の熊谷地域の絵葉書紹介126回目。今回は「埼玉県立熊谷高等女学校運動会」です。 この写真は、大正末期から昭和初期頃の埼玉県立熊谷高等女学校の運動会の様子を写したものです。 熊谷高等女学校は、明治44年(1911)県内2番目の県立女学校として開校したもので、昭和23年(1950)に埼玉県立熊谷女子高等学校と改称しています。 日本で運動会が開催されたのは、明治7年(1874)、東京築…

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きかは便郵125

昔の熊谷地域の絵葉書紹介125回目。今回は「熊谷商業學校々友會販賣實習バザー」です。 この写真は、熊谷商業学校の創立10周年を記念して、昭和5年(1930)に発行された3枚組絵葉書の1枚で、校友会による生徒の販売実習バザーの様子を写したものです。 遠方には桑畑が広がっており、堤外と思われる場所に設置された木造の簡易店舗では、様々な商品が販売されています。 大きな幟には、校章と「販賣實習…

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きかは便郵124

昔の熊谷地域の絵葉書紹介124回目。今回は「うちわ祭と花火大会」です。 この写真は、熊谷の夏の風物詩となっている「うちわ祭」と「花火大会」の大正末年頃の様子を写したものです。 「うちわ祭」は、毎年7月20日から22日にかけて開催される八坂神社の例大祭です。明治時代に祭に合わせて渋うちわが配られたことからこの名がついたとされています。山車6台・屋台6台がお囃子を鳴らしながら練り歩く巡行を中…

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きかは便郵123

昔の熊谷地域の絵葉書紹介123回目。今回は「熊谷停車場」です。 この写真は、「熊谷停車場」を写したものです。瓦葺平屋の建物と右手奥にホームに行くための跨線人道橋が見えます。停車場外の広場には、人力車が3台停められており、客待ちの車夫が2人写っています。 「停車場」とは、駅よりも意味が広く、操車場や信号場などの行き違いや待ち合わせなどを含めた列車が発着する場所を指します。 「熊谷停車場」…

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きかは便郵122

昔の熊谷地域の絵葉書紹介122回目。今回は「松坂屋旅館」です。 この写真は、熊谷市本町三丁目に所在した「松坂屋旅館」です。通りに面して門柱があり、「旅館松坂屋」の看板が掛けられています。門柱の位置から判断すると、左手の建物は別物で、奥まった2階・3階建ての建物が松坂屋旅館と思われます。室内の広間には、掛け軸の掛けられた床の間と違い棚の設置された床脇が設けられています。 また、八木橋百…

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きかは便郵121

昔の熊谷地域の絵葉書紹介121回目。今回は「熊谷堤の桜」です。 この写真は、大正12年頃に撮影されたもので、白黒写真を着色したものです。 堤の外側に接して常夜灯と、木製の鳥居があり、桜の奥には神社の建物が写っています。神社の脇には大きな句碑が建てられています。この句碑は、「しばらくは花の上なる月夜哉」と刻まれた芭蕉句碑で、明治35年に熊谷の俳人四分一葉々が建てたもので、現在は、石上寺境内…

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きかは便郵120

昔の熊谷地域の絵葉書紹介120回目。今回は「熊谷町役場と斎藤町長」です。 「埼玉県大里郡熊谷役場」と表札の掲げられた門柱の中に、明治39年熊谷町役場として建設された、木造2階建て、瓦葺の建物が写っています。 この建物は、本町一丁目地内の千形神社に隣接して建てられたもので、昭和8年熊谷市政施行に伴い新庁舎が建設されるまで使用されていました。その後、戦災を免れ、市立公民館・図書館分室として利…

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きかは便郵119

昔の熊谷地域の絵葉書紹介119回目。今回は「武蔵聖天山節分会夜景」です。 歓喜院の本殿と思われる室内奥の間中央に院主が座し、手前の部屋には、かみしもを着た4人の男性が豆をまく姿が写されています。 現在でも歓喜院では、毎年2月3日の11時・15時・19時に節分の豆まきが行われており、この写真は夜の部を写したものと推測されます。 壁面に飾られた紅白幕には明治35年の文字が記されており、右上…

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