きかは便郵148

昔の熊谷地域の絵葉書紹介148回目。今回は「熊谷堤櫻花 其三」です。 この絵葉書は、明治40年~大正7年の間に、大澤書店が発行したものです。 手前の旧荒川堤には、明治16年(1883)に、竹井澹如(1839-1912)、林有章(1859-1945)らが植えた桜が満開に咲いており、遠方には高崎線の蒸気機関車が走っています。 この熊谷の桜のお花見の時期に、高崎線には臨時列車が出され、出発前二十…

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きかは便郵147

昔の熊谷地域の絵葉書紹介147回目。今回は「熊谷池亭の清泉」です。 池亭(現星溪園)の池を西側から写したもので、池に浮かぶ舟には、竿を持つ和服姿の男性が立っています。 現在池の北西には積翠閣が位置しますが、昭和5年に竹井耕一郎によって建てられたもので、この写真には写っていません。 池の周りにはかなり木が密集しています。この池亭は、竹井澹如が元和年間からある池を中心に名石、石造物を配置して造…

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きかは便郵146

昔の熊谷地域の絵葉書紹介146回目。今回は「熊谷直実」です。 ひげを蓄え、正面を見つめる恰幅の良い僧が描かれています。 建久4年(1193)に法然上人の門をたたき、出家して法力房蓮生と名乗った後の姿を描いたものです。 写真下には「(日本百傑之内) 熊谷直實 KUMAGAI.NAOZANE」と印字されています。 この絵葉書は、「つるや画房」が発行したもので、日本の歴史上の人物百人を選んでつ…

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きかは便郵145

昔の熊谷地域の絵葉書紹介145回目。今回は「熊盛座」です。 この写真は、大正14年5月13日の熊谷大火で焼失する前(大正7年~14年)に撮影されたものです。 熊盛座は、佐谷田の棚沢房吉が、熊谷宿泉町の水田地帯を埋め立てて劇場を設立し、その後、明治27年(1894)に枡席で定員1,300名を収容する写真の劇場を建設しました。間口十二間奥行二十間で、東京歌舞伎座を模した建物です。細い路地に建つ、…

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きかは便郵144

あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 今回紹介する絵葉書は、森田恒友(1881~1933)の年賀状です。 昭和4年に知人に宛てたもので、上部にはひよこの絵が描かれています。 住所は、大正11年8月に新居を建てて転居した、東京市外中野となっています。 森田恒友は、大里郡玉井村(現・熊谷市)に生まれました。15歳で埼玉県第二尋常中学校(現・熊谷高校)に入学…

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星溪園5・きかは郵便143

熊谷市指定記念物名勝「星溪園」の紹介。今回は、此君亭(しくんてい)です。 此君亭は、かつて積翠閣東側の玉の池の北東部に面して建てられていた建物で、昭和20年の熊谷空襲により焼失しています。木造瓦葺平屋高床式の建物で、床面積は75.9㎡余と推測されています。 当初東側の6帖のみの建物で、ここに明治17年昭憲皇太后が立ち寄り休憩しています。その後西側に8帖の和室2室を増築し、大正10年に、秩父宮…

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きかは便郵142

昔の熊谷地域の絵葉書紹介142回目。今回は「熊谷附近ノ機関銃射撃」です。 この写真は、大正7年(1918)から昭和初年の間に撮影された、「熊谷附近ノ機関銃射撃」の写真です。 荒川の河川敷と思われる場所で、藪の陰に隠れ、軍人が4人一組で、三脚に据えられた機関銃を構える様子が写されています。 手前の男性はリュックを背負い、腰には、水筒と三十年式銃剣が下げられています。この三十年式銃剣は、明治3…

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きかは便郵141

昔の熊谷地域の絵葉書紹介141回目。今回は「荒川大橋」です。 この写真は、大正6年(1917)から大正10年(1921)の間に撮影された、「荒川大橋」です。 橋は、中央部がコンクリート製橋脚に二連トラス橋となり、両側は木桁橋となっています。写真左手には、河原に座り川面を見つめる男性が写っています。 トラス橋とは、橋の桁部分に、細長い部材を両端で三角形に繋いだ構造で、それを繰り返して桁を構成…

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きかは便郵140

昔の熊谷地域の絵葉書紹介140回目。今回は「熊谷警察署」です。 この写真は、大正15年から昭和8年の間に撮影された、現在の本町2丁目の中山道に南面して建てられていた「熊谷警察署」の建物です。 石造2階建ての建物で、中央にアーチ天井の入り口があり、塔屋が設けられています。入り口上面の壁面には、「熊谷警察署」の文字と共に警察の紋章である「旭日章」が取り付けられています。建物前には、鉄骨で望楼(火…

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きかは便郵139

昔の熊谷地域の絵葉書紹介139回目。今回は「熊谷音頭」です。 この写真は、明治40年から大正7年の間に、中村写真館により撮影された、「熊谷音頭」の様子を写したものです。 お祭りの日にあたるのか、日章旗と旭日旗の張られた屋外に設けられた舞台に、熊谷音頭を披露する場面が写されています。舞台軒下には「・お・や・か・ま」と書かれた提灯が下げられており「どんおやがまく」と思われます。舞台上には女児2名…

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