きかは便郵158

熊谷地域の昔の絵葉書紹介158回目。今回は「紫石翁とその句碑」です。 この絵葉書は、昭和35年9月18日、斎藤紫石(1885-1964)の75歳の誕生日に、市内鎌倉町に所在する星渓園に建てられた自身の句碑の脇で撮影されたものです。 この句碑は、前年の5月に、斎藤紫石後援会により、建立されたもので、「老いらくの 苔に花咲く 心地かな 紫石」 と刻まれています。 斎藤紫石は、明治18年熊谷市鎌…

続きを読む

きかは便郵157

熊谷地域の昔の絵葉書紹介157回目。今回は「熊谷堤上より櫻雲閣を望む」です。 この絵葉書は、明治40年~大正7年の間に、伊藤書店から発行されたものです。 手前の旧荒川堤には、桜の木が植えられており、単線の線路を挟んで遠方には、鯱(しゃちほこ)を載せた木造3階建ての櫻雲閣の建物が位置しています。 線路脇には、「伊香保温泉 千登勢館」「伊香保温泉湯元 横手館 電話八番」「伊香保温泉□□ 森田秋…

続きを読む

きかは便郵156

熊谷地域の昔の絵葉書紹介156回目。今回は「熊谷市街地の一部」です。 昭和8年~昭和20年に撮影したもので、現市役所通りと中山道(国道17号線)が交わる付近より西側の様子を撮影したものです。 道路左側の白いコンクリート2階建て建物は、昭和11年竣工の熊谷郵便局電話分室です。その向かいには半鐘が下がる火の見やぐらと、石造2階建ての熊谷警察署。遠方には、片倉製糸の煙を出す巨大な煙突が写っています…

続きを読む

きはか便郵155

熊谷地域の昔の絵葉書紹介155回目。今回は「熊谷美人 林家文子」です。 この絵葉書は、明治40年~大正7年の間に、有文堂書店から発行されたものです。 写真館のセットで撮影されたもので、髪を島田髷に結った和服姿の女性が傘を差してポーズをとっています。 「文子」は芸名で、「林家」は、弥生町に所在した芸奴屋で、昭和25年(1950)発行の冊子『熊谷小唄』には、熊谷芸奴屋連盟30軒の中に店名が記載…

続きを読む

きかは便郵154

昔の熊谷地域の絵葉書紹介154回目。今回は「(熊谷名勝)荒川大橋上流ニ於ケル鮎捕」です。 「瀬張り」という漁法で鮎を捕っています。川を横切るように杭を打ち、その杭へ縄を張り、川面を叩くオカザリと呼ぶ稲藁を結び付けます。流れを下る鮎は、縄とオカザリを避けて通過できる場所を探し、オカザリを下げた縄を川岸まで張らずに岸側に鮎の流路を作り、鮎を誘導させます。その先に筌(ウケ・モジ)を設置すると、鮎…

続きを読む

きかは便郵153

昔の熊谷地域の絵葉書紹介153回目。今回は、「(日本三体文殊の一)武州野原文殊寺」です。 この絵葉書は、大正7年~昭和8年の間に発行されたもので、石畳の参道正面に大きな茅葺き屋根の本堂と、参道脇には狛犬と手水舎が設置されています。手前の大きな影は、本堂東側に建つ鐘楼によるものと思われます。 この本堂は、文政11年(1828)に焼失した本堂を、天保9年(1838)に再建したもので、宮大工は、川…

続きを読む

きかは便郵152

昔の熊谷地域の絵葉書紹介152回目。今回は「熊谷郊外大沼公園」です。 「暑中御見舞申上候」「盛夏」と印字されており、暑中見舞い用に作成された絵葉書です。宛名面には昭和10年7月30日の消印が押されています。 写真は、大沼公園を北東側から撮影したもので、中央に弁天島と鳥居が写っています。池には8艘のボートが浮かんでいます。手前右側のボートには和服姿の女性が3人乗っており、中央の舟には屋根が付き…

続きを読む

きかは便郵151

熊谷地域の昔の絵葉書紹介151回目。今回は、「大沼公園末廣亭」です。 昭和初期に発行されたもので、「謹賀新年」と印字されており、宛名面には差出人の名が記載されていないことから、末廣亭が年賀状用に作成したものと思われます。 左側の写真は、大沼公園の弁天橋のたもとに建つ末廣亭の外観が写っています。店の軒先や店先、橋の上には雪が積もっています。店には大きく「御休□」「末廣亭」と書かれた看板が掲げら…

続きを読む

きかは便郵150

熊谷地域の蔵絵葉書の紹介150回目。今回は、「(武州野原文殊寺門前)熊谷菅谷乗合自動車」です。 大正7年~昭和8年の間に発行されたもので、市内野原の文殊寺仁王門の南東方向から撮影したものです。 仁王門は、江戸中期の建築と推定され、現在は瓦葺きとなっていますが、当初の茅葺屋根となっています。 仁王門の前にはT型フォードが停められ、その奥には茶屋が写っています。 印字されている「熊谷菅谷乗合…

続きを読む

きかは便郵149

昔の熊谷地域の絵葉書紹介149回目。今回は「熊谷大橋」(現・荒川大橋)です。 当初荒川の熊谷ー村岡間には橋は無く、渡船場が設けられ、10m程の舟で通行人を運んでいました。明治時代になり橋の必要性が高まり、明治15年(1882)に最初の橋が架けられました。しかしこの橋は木造の小さな仮橋であったため、度々流されてしまったことから、明治29年(1896)に埼玉県議会において大橋を架けることが議決され…

続きを読む