花塚略図

昨日は、明治35(1902)年竹井家の私的神社である太神宮の脇に建てられた花塚の写真を紹介しましたが、その略図が竹井家に残されていましたので紹介します。
図によると、花塚は、碑石・上石・下石・台部により構成されていました。
大きさは「上段地面ヨリ五尺 碑石四尺五寸 総高九尺五寸」とあり、総高約2.87mの大きさであったことがわかります。碑表には「はセ越翁 志ばらくは 花の上なる月夜哉」、碑石を載せる台石(上石)には「明治年月」「補助 竹井家 賛助人」の文字が記されており、造立年と関係者の名が刻まれたようです。
下石を埋め込むように台部の石が組上げられており、「中ハ石ヲ蝋燭ニ立テツキ堅メ化石ヲ以テ化粧トシ」と記されています。化石とは、天明3(1783)年の浅間山噴火の多孔質安山岩と思われます。
現在碑石のみが石上寺に移設されており、造立時の花塚の様子がわかる貴重な資料です。
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