この写真は、明治35(1902)年の花塚碑完成したことを記念に写真撮影したものと思われます。
花塚碑は、明治35(1902)年竹井家の私的神社である太神宮の脇に建てられましたが、戦後、石上寺境内に移設されました。
写真は、太神宮前に建てられた花塚碑の前に三人の和服姿の男性が写っています。左側の椅子に座っている人物は竹井澹如(1839~1912)、右側の椅子に座る人物が林 有章(1859-1945)、右端の立っている人物は不明ですが、花塚建設の発起人の四分一葉々(1863-1940)の可能性があります。
碑表には「しばらくは 花の上なる 月夜哉」という松尾芭蕉の句が刻まれています。
碑裏には、熊谷堤に桜を植えた経緯と、俳句結社蛙声会会員5名による桜の句が刻まれています。
我や老いぬ 植しさくらも 二十年 幽谷(竹井澹如)
植えしより 年々に此 はつ桜 幽嶂(林 有章)
この花の 雫の末よ 隅田川 怡亭(竹井道三)
黄昏や 花を見越しの 水明り 彦雄(内田彦雄)
土堤長し 向ふ下りの 花の雲 葉々(四分一葉々)
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