きかは便郵167

熊谷地域の昔の絵葉書紹介167回目。今回は、「熊谷富士見町通り」です。
左側の写真は富士見町通りが写されており、芦江の都々逸「おかいこぐるみか 熊谷町は 桑の青葉の 中にある」と記されています。交差点角の三階建ての建物は「■■支店」の看板文字が見え、街路灯と電柱には「中村写真館」の看板が付けられています。歩道にはカンカン帽を被った三人の男性が写っています。
右上には、協賛会長斎藤紫石の写真と俳句「石撫して 復興の春の 風に立つ」と記されています。この句は、紫石が熊谷町長を務めていた大正14年(1925)に発生した、熊谷大火の復興に際し詠んだ句で、復興した富士見町の写真と共に掲載したものと思われます。
この葉書の製作年代は、
1.宛名面上部の「きかは便郵」は、昭和8年(1933)2月15日以前の書き方
2.宛名面通信文記載範囲が1/2は、大正7年(1918)3月1日以降
3.熊谷大火は大正14年(1925)
以上のことから、この絵葉書は、大正14年(1925)~昭和8年(1933)の間に製作されたものと推測されます。
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