熊谷の戦後復興写真2

成澤壽氏撮影の、熊谷の戦後復興の様子を写した写真の紹介2回目。
今回は、星川の改修に伴い、久山寺墓地(現在の星川2丁目46付近)の移転の様子を写した写真です。
星川は、荒川の伏流水を水源とする星溪園玉の池をから市街地の中を蛇行して東流していました。これを観光道路として、新たに総延長1,310m・幅22mの直線道路敷地をとり、中央に4mの水路を掘削する整備工事が行われました。掘削工事の難所としては、久山寺墓地の貫通、熊谷駅前線・市役所通り線との交差があり、しかも旧水路を使用しながら工事を進捗する必要がありました。
1枚目の写真は、昭和24年2月に撮影されたもので、星川の新しい流路となる久山寺の墓地を移転するにあたり、檀家の人々が下検分しているところです。
2枚目は、同年3月に撮影されたもので、新しい星川の流路として、久山寺墓地を掘削した際に出土した蔵骨器です。墓地の移転時に気づかれずに取り残されたものと思われます。
久山寺本堂は、熊谷空襲で焼失してしまいましたが、現在その跡地の一画には、空襲や戦地で亡くなった戦争犠牲者の慰霊のために身代り地蔵尊が建てられています。
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