熊谷地域の昔の絵葉書紹介159回目。今回は「(熊谷名勝)櫻堤上の太神宮」です。
荒川の旧桜堤を東側から撮影したもので、現在の上熊谷駅付近です。堤の上には桜が植えられており、和服姿の人が一人歩いています。堤の右手(南側)には、明治17年に前橋まで延長された高崎線の線路が写っています。
堤の左手(南側)には、鳥居と堤より高い大きな富士塚が写っています。鳥居をくぐると石段があり、玉石組の基礎上に常夜灯が設置されており、左へ折れて塚上まで参道が続いていたようです。塚の頂上には切石で組まれた基壇上に祠が鎮座しています。塚の斜面には低木の木が植えられており、石碑が複数建てられています。
この塚は、昭和35年に戦後復興の区画整理事業に伴い撤去されています。塚の右手に建てられている石碑は、明治35年に建てられた花塚碑と思われ、現在石上寺境内に移設されています。またこの写真には写っていませんが、昭和7年に建てられた「竹井湛如翁碑」は、万平町の万平公園に移設されています。
この絵葉書は、明治40年~大正7年の間に、勉強堂書店から発行されたものです。
この記事へのコメント