聖天山石門碑

妻沼聖天山の入り口石門脇に建てられている「聖天山石門碑」を紹介します。 この碑は、石門が完成した翌年の昭和6年(1931)4月17日に建てられたものです。 石門の寄付者として、東京日暮里在住者47名、東京浴油講世話人20名、発起人10名、地元世話人4名の名が刻まれています。 書は「江南 青木 茂」、石工は「赤石文次郎」、発起人は、井田友平(1889-1965)の他、戸谷浅五郎、鈴木辰三郎、…

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大神宮1

熊谷宿本陣の竹井家の私的神社であった大神宮について紹介します。 大神宮は、現在の上熊谷駅西側の旧熊谷堤に接して建てられていました。創建は不明で、明治30(1897)年12月11日に、大神宮のすぐ北を通る鉄道の汽車から出る火の粉により焼失しました。その後明治32(1899)年に11月2日に竹井澹如が再建しています。再建した大神宮は、以前紹介した花塚碑の記念写真に写っています。 今回紹介する資料…

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05 相上神楽保存会【第18回地域伝統芸能今昔物語 熊谷市立江南総合文化会館ピピア ホール 2025.11.23撮影】

令和7年11月23日(日・祝)に、熊谷市立江南総合文化会館ピピア ホールで行われた、第18回地域伝統芸能今昔物語で披露された、相上神楽保存会 による市指定無形民俗文化財 相上神楽の「浦安の舞」を紹介します。 相上神楽は、春と秋、大里地域の相上地区にある吉見神社の祭事として舞われている神楽です。1835年8月の関東大洪水の際に人々が当神社に祈願したところ災害を免れたことから、神楽殿が建築され…

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きかは便郵165

熊谷地域の昔の絵葉書紹介165回目。今回は、「熊谷本町通」「縣社高城神社」です。 右側の写真は、中山道の本町付近の様子を西から写したもので、芦江の都々逸「土手のさくらを 其のまま染めて 熊谷名物 もみの色」、左側には、高城神社本殿と熊谷八景の一節として「高城の社の 椎の木さへも まてばとあるのか 賴母しや」と記されています。 芦江は、文人の平山芦江(1882-1953)と思われます。神戸生ま…

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令和8年度市職員採用試験(前期試験)の実施について

令和8年度市職員採用試験(前期試験)が実施されますのでお知らせします。 下記の条件で学芸員も募集します。 平成3年4月2日から平成17年4月1日生まれのかたで、次の⑴と⑵の要件を満たすかた ⑴学校教育法による大学(4年制)または大学院で考古学の専門課程を専攻し卒業(修了)したかたまたは令和9年3月31日までに卒業(修了)見込みのかた ⑵発掘調査経験を有し、学芸員の資格を有するかたまたは令…

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発掘調査と学生運動

今回紹介するビラは、1973年7月20日付けで考古学を専攻する学生団体により、市内の道路建設に伴う発掘調査に反対するために作成・配付されたものです。 1960年代から70年代にかけて、日本の経済発展に伴い、各地で大規模な開発事業が推し進められ、新たに開発に伴う発掘調査費用の負担などのルールが整備されていきました。 1960年代後半からは、政治・社会体制に反対する学生運動が各大学で顕著となり、…

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「踊る埴輪」のAI画像4

「踊る埴輪」のAI作成画像の紹介4回目。 今回は、端午の節句にちなんで、「鯉のぼりを見上げる「踊る埴輪」」です。 新聞紙で作った兜を被らせてみました。

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花塚建設の趣意書

市内鎌倉町の石上寺境内に建てられている花塚碑の建設趣意書を紹介します。 この資料は、竹井家所蔵で、林有章から竹井澹如への書簡の中に入れられていたものです。 この花塚碑は、明治35年(1902)に建てられたもので、碑表に「志ばらくは 花の上なる 月夜哉」という松尾芭蕉の句が刻まれています。元は大神宮脇に建てられていたものですが、戦後の復興区画整理事業により、石上寺に移設されました。 文面…

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花塚略図

昨日は、明治35(1902)年竹井家の私的神社である太神宮の脇に建てられた花塚の写真を紹介しましたが、その略図が竹井家に残されていましたので紹介します。 図によると、花塚は、碑石・上石・下石・台部により構成されていました。 大きさは「上段地面ヨリ五尺 碑石四尺五寸 総高九尺五寸」とあり、総高約2.87mの大きさであったことがわかります。碑表には「はセ越翁 志ばらくは 花の上なる月夜哉」、碑石…

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花塚碑

この写真は、明治35(1902)年の花塚碑完成したことを記念に写真撮影したものと思われます。 花塚碑は、明治35(1902)年竹井家の私的神社である太神宮の脇に建てられましたが、戦後、石上寺境内に移設されました。 写真は、太神宮前に建てられた花塚碑の前に三人の和服姿の男性が写っています。左側の椅子に座っている人物は竹井澹如(1839~1912)、右側の椅子に座る人物が林 有章(1859-19…

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